有名パティシエ・辻口博啓氏とは?

有名なパティシエの方々は、誰もが楽をして有名になられたわけではありません。

 

それぞれの方が、それぞれの修行を積み、今の有名なパティシエとなられています。

 

今回は、辻口博啓さんについて、ご紹介していきたいと思います。

 

どのような経緯でパティシエとなられ、有名になってこられたのでしょうか。

 

実家の和菓子屋が倒産

和菓子屋さんの長男として誕生された辻口博啓さん。

 

実家の和菓子屋が倒産し、継ぐことができなくなってしまった上に、帰る家までなくなってしまったことで、上京を決意されました。

 

そこから都内の洋菓子店で勤務しはじめ、入門してから3年間、スポンジやクリームにも触らせてもらえない中で修行を積まれました。

 

トイレ掃除や材料の仕入れ、在庫管理などの仕事を行いつつ、週に1度の定休日にも休む事ができなかったそうです。

 

こんなことばかりさせられて、辛い日々だったんだろうなと感じるかもしれませんが、辻口さんは、重要なことが学べた3年間だったと仰っています。

 

パティシエの仕事は華やかなイメージがあるかもしれませんが、実際にはお客様側からは見えないような地味な仕事もとても多いと言います。

 

材料のこまめな仕入れを行うことで常に新鮮な素材を使用することが出来たり、それを温度や湿度を調整しながら保管していくことも大切になります。

 

この地味な仕事をしっかりとこなせる人でなくては、パティシエとして伸びていく事ができないそうです。

 

そこから、”常識”がなぜ常識などかということを自分で確認し、納得して先に進めるようにしたそうです。

 

スポンジはなぜ180度で焼くことが常識なのか等、自分で確かめてみる事が大切だそうです。

 

そして、コンクールへの挑戦を目指すようになり、毎日明け方近くまでコンクールに出品する作品を作っていたそうです。

 

こんな凄い腕をもっているんだぞ!と審査員にみせびらかすのでは、コンクールで優勝することはできないと。

 

そうして23歳の最年少記録で全国優勝を果たしました。

 

ただ、世間の評価が厳しく、誰かの真似をしただけというようないわれ方をしたこともあったそうです。

 

悔しさから、世界で一位をとるという目標ができ、フランスのコンクールで金賞を受賞することが出来、世間から認められるようになりました。

 

今では、東京都にお店をもち、日本スイーツ協会なども立ち上げておられます。

 

たくさんの苦労があって、今があるのですね。

 

モンサクレール

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